2009年7月17日金曜日

6. 仏道を志す

私が二回生になったときに新入生として入ってきた後輩が、
「柳ヶ瀬でヤクザ大勢を相手に喧嘩して木刀でボコボコにやっつけたあの武藤さんですか?」と訊いてきた。
「ヤクザと喧嘩した奴などたくさんおるやろ」
「いいや武藤さんのことは伝説になっています。 岐阜中で有名ですよ。」
私の過去は校内に知れ渡っていたが、この大学に入学してからの私は真面目な学生だった。授業も真面目に受け、成績も優秀だった。
二回生になったからといって後輩にむやみに暴力を振るうこともしなかった。

この頃に逸外老師が妙心寺の管長になられ正眼寺を離れられた。それに伴い学長が変わり、校風が変わった。私は七期生だったが、荒々しい気風を体験した最後の世代となた。それ以降はごく普通の大学と変わらなくなってしまった。
新しい学長は立派な方だったが、私とはそりが合わなかった。逸外老師がいらした頃には許されていたことも、新しい学長の下ではゆるされなかった。私にはそれが不満だった。

十九歳になった私は自分の将来を仏道と見定めるようになっていた。当時の正眼寺短期大学では一般学生は卒業すればそれなりの企業が受け入れてくれたのだが、私は尊敬する逸外老師の下で修行をしたいという希望を持っていた。
しかし、妙心寺管長になられた逸外老師は、もはや雲の上の存在である。ある時、大学を訪れられた逸外老師にこの思いをぶつけたところ、老師の実弟である梶浦宗覚師が住職を勤める真福禅寺の小僧になることを許された。

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