2009年6月25日木曜日

16. めぐる季節 1

春が巡ってきて、私の心は蛇が脱皮して古い皮を捨て去るように変化していた。
修行を始める前に持っていた世間にたいする恨みや怒りといった感情が消え、私を苦しめた孤独も気にならなくなっていた。
以前は人恋しさのために、訪ねてきた客になんどもお茶を勧め、帰るのを引き止めていたが、そのようなこともなくなた。

縁側で客が話しをしているのを私は庭の掃除をしながら聞くともなしに聞いていた。
庭の掃除をしながら、私は仏陀の弟子であったチューラパンタカのことを思い出していた。

彼は愚鈍で人々の笑いものであったという。
兄のマハーパンタカは物覚えの悪い弟のチューラパンタカのことを叱り、祇園精舎のそとへ追い出してしまった。
チューラパンタカは門の前で立ちすくんで泣いていた。
そこに通りかかった仏陀が声をかけた。
「精舎に戻るがよい。 お前は自分が愚かだと嘆いているが、真に愚かなものは、自分が愚かであることを知らぬのだ」
そして、彼に布と箒を与え、「塵をはらえ、垢を除け」という言葉をくり返し唱えながら、精舎を掃き清め、精舎に集まる人々の足を拭うようにいわれた。

チューラパンダカは、その言葉を一心に唱え、毎日掃除を続けた。
そしてあるとき「塵をはらえ、垢を除け」とは、自分の心の塵垢であることに気がついた。
いつも自分の愚かさを嘆き悲しんでいた私だったが、「馬鹿の一つ覚え」のごとくに仏陀の言葉を唱え続けて悟りを得たチューラパンタカのように、私も自分の道を歩き続けるほかはなかった。

仏陀の言葉に「寒さと暑さと、飢えと渇えと、太陽の熱と、虻と蛇と、-これら全てのものに打ち勝って、犀の角のようにただ独り歩め」とあった。

私は淡々と山を歩き続けた。

0 件のコメント:

コメントを投稿