ある夏の日、大阪の河内を訪れたときのことだ。
午前十時ごろ、強い日差しの中、古い長屋が並ぶ往来で「ほおーっ、ほおーっ」と声を上げていると、ある一軒の玄関から腰の曲がった老婆が出てきて、「お坊さん、よう来ておくんなさった」と声をかけてきた。
「お茶でも飲んでいったれや」と老婆が言い、「いねぇ、いねぇ(入れ、入れ)と」と私を急かした。
私が躊躇していると、「はいったらんかい!」とドスを聞かせた声を出した。
初めて聞く河内弁の迫力にけおされて、私は遠慮がちに家に入った。ガラスの引き戸をガラガラと開けると狭い土間があり、すぐに六畳ほどの座敷があった。
中には年老いた旦那もいた。座敷に上がれと勧められたが、足が汚れていることを理由に遠慮し、上がり框(かまち)に腰を下ろした。座敷の正面には仏壇があった。出されたお茶を飲んでいると、仏壇の中にあった三枚の写真が目に入ってきた。
一枚には飛行隊の制服を着た人物が写っていて、ほかに着物を着た人物、海軍の制服を着た人物がいた。
「息子さんたちですか?」と尋ねると、老婆は黙って頷いた。
私は供養させてくださいといって、汲んでもらった水で足を洗い、座敷に正座し仏壇の前で十五分ほど読経をした。
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