寺には「ちえさん」という名前の寺守のお婆さんが住んでいた。近所の寺に住む六十歳過ぎの尼僧がよく訪ねてきて、食べ物の差し入れをしていた。阿闍梨が口にする食べ物は、稗(ひえ)、粟(あわ)、黍(きび)、大豆で、白米は一切口にしなかった。玄米を食べることはあったが、「米は腹にもたれる」と言って好まなかった。
肉や魚はほとんど口にせず、尼僧が差し入れた肉や魚を食べるのはもっぱら私とちえさんであった。たまに刺身を口にすることがあったが、二、三切だった。それも醤油をつけずに口に運んだ。刺身に醤油をつけずに食べる人を初めて見た。
よく食卓に上がったのは自分で取ってきたゼンマイやワラビの山菜を、おひたしやてんぷらにした物だった。お酒は飲んだ。面白いのはビールを温めて飲んでいたことだ。冷えた瓶ビールをわざわざ火の近くに置き、温まったところでコップに注いだ。
当然のごとく泡だらけになるが、阿闍梨は、冷えたビールは体を冷やしてよくないと言って、かまわずに飲んだ。
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